晴天の中を駆ける子供たち
桜の花もすっかり散り、新緑鮮やかな木々に囲まれた4月初め。広大な公園の敷地内に大勢の子供たちのにぎやかな歓声が響いていました。ここ「青葉の森スポーツプラザ」で開催される「アスリート交流会in千葉」に集まった、大勢の子供たちの声です。
「4月にパラアスリートを招いてのイベントを開催するので、ぜひ遊びにいらしてください」。主催のNPO法人「シオヤレクリエーションクラブ(SRC)」の塩家吹雪理事長から直々にお電話をいただいたのは2月のこと。突然の、願っても無いお誘いに、取材にお伺いさせていただくことにになりました。
爽やかにそよ風が吹く朝の陸上トラックは、とても清々しい雰囲気。その中に、すでに大勢の来場者が集まっていました。
塩屋代表は、障害者の陸上競技環境が整っていなかった頃から、全盲ランナーの「伴走者」として活躍。2001年IAAF世界陸上選手権(カナダ:全盲クラス100m伴走/銅メダル)と2004年のアテネパラリンピック(全盲クラス100m伴走/8位入賞)、2007年IBSA世界陸上選手権(ブラジル:全盲クラス400mリレー伴走/銅メダル)と輝かしい成績を残しました。
同時に、障害者アスリートの競技環境整備に関する精力的な活動で知られ、2009年アジアユースパラゲームスから日本代表コーチ・監督を歴任し、国際大会での選手育成強化にも力を入れています。
2012年に現在のNPO法人シオヤレクリエーションクラブ(SRC)の前進である「塩家ランニングクラブ」を設立。以来6年間、未就学児から大人まで、障害の有無に関わらず、誰でもスポーツに親しめる環境づくりを続けてきました。
SRCでは、選手育成の一環として「ジュニアかけっこ教室」「ユース陸上教室」を定期的に開催し、多くの練習生を陸上の世界へ送り出しています。
また「アスリート交流会」をはじめ「田植え体験会」や「芋掘り&稲刈り体験会」、冬場の「スキー教室」など、多くのレクリエーションイベントを開催。選手の育成だけ出なく、子供達が社会生活で必要なことを学べるカリキュラムが揃っています。
「すげー!」「かっこいい!!」「速ーい!」沸き起こる歓声
今回で三回目を数える「アスリート交流会in千葉」は、著名なパラアスリートを招き、子供たちに競技を体験してもらって、パラ競技の面白さや陸上競技の楽しさを知ってもらおうというイベントです。
パラキートが会場入りした時にはすでに開会式が始まっており、今回パラキートをお招きくださった塩家代表が開会挨拶の壇上にいました。
この日のゲストも豪華な顔ぶれ。(向かって左から)リオパラリンピック走り幅跳び銀メダル&400mリレー銅メダルの山本篤選手。車椅子マラソンでロンドンパラリンピックとリオパラリンピックに出場した樋口政幸選手。元女子走高跳び日本代表で、シドニーオリンピック11位&日本選手権5会優勝のハニカット陽子さん。パラ陸上短距離選手で昨年の世界パラ陸上競技ジュニア大会銅メダルの吉川琴美選手。義肢装具士としてパラアスリートのサポートや義手・義足の新しい提案に尽力する臼井二美男さん。そして昨年のドバイで開催された世界大会で、短距離走の日本人最年長出場を果たした手塚圭太選手。
山本選手は3月の平昌冬季パラリンピック(韓国)で、1週間ほど前にパラスノーボードに出場したばかりでした。
もう一人のスペシャルゲストは千葉県の公式キャラクター「チーバくん」。かわいいチーバくんの登場に子供たちは大はしゃぎ。
チーバくんとパラアスリートの皆さんを交え、来場者全員で準備体操。4月としてはかなり気温の高く、準備運動だけで汗ばむほど。しっかりと準備体操して、怪我のないように。
開会のセレモニー後は、ゲストパラアスリートのデモンストレーションがスタート。トップアスリートの走りや跳躍を初めて見る子供たち。
まずは山本選手、吉川選手、そして片麻痺のボランティアさんの3人で競争です!位置について、ヨーイ、スタート!
飛び出したのは山本選手。速い速い、ぐんぐん加速していきます!「速ーい!」「すごい!」
その後ろを追うのは吉川選手。笑顔ですが、やはり彼女も速い!
そしてボランティアさんも頑張りました!子供たちから大きな拍手が沸き起こります。
続いては競技用車椅子「レーサー」対決です。樋口選手、SRC所属の練習生、そしてスタッフさんのレース。
こちらは樋口選手1位、2位はSRC所属の練習生さん、そしてボランティアさんの順でした。スタッフさん、大粒の汗。
次は走り幅跳びデモンストレーション。手塚選手がその妙技を披露します。塩家代表が子供たちに質問を投げかけます。「青の印、なんだかわかる人いますかー?」ざわつく子供たち。ちょっと難しかったかな?
正解は、山本選手が飛んだ日本記録の6m62。そしてオレンジ色のコーンは、世界記録の8m95です。
いよいよ跳躍の試技。手塚選手の美しい跳躍!「おお…!」来場者からはどよめきが。3m50で、惜しくも記録更新とはなりませんでしたが、子供たちは目を輝かせながらその跳躍を見守っていました。
そして最後は、走り高跳びのハニカット選手の跳躍です。現役時代を彷彿とさせる華麗な跳躍に、ギャラリーからは「かっこいい!」の声が。
選手のデモンストレーションに、子供たちは拍手喝采。アスリートが見せる力強い試技の数々に感動した様子でした。
いよいよ、メインイベントの体験会スタート!
いよいよお待ちかね、体験会の時間です。イベント参加者は全部で3グループに分かれ、それぞれ入れ替わりで「車椅子レーサー試乗&短距離走」「走高跳」「義足体験」「走幅跳」を行います。
子供たちは待ちきれなかったかのように各グループに散らばっていきました。
風のように駆け抜ける!車椅子レーサー試乗&短距離走
車椅子マラソン用の「レーサー」。そのスポーティな外見に「かっこいい」「速そう」と早速子供たちが反応。そしてスタッフと樋口選手のサポートを受けながら恐る恐るレーサーに乗り込むと、ゆっくりとトラックを漕ぎ出していきます。
少しずつ前へ前へ。ハンドルが少しでも傾いていると曲がってしまいます。
車椅子に乗るのも初めての子供もいて、初めて乗る車椅子レーサーに興奮。SRCの練習生も車椅子の感触を確かめています。
質問攻めにあう樋口選手。SRCに通う生徒からは「速く走れるようになるためにどんな練習をしていますか?」といった、陸上に関する質問が多く聞かれました。
併設の短距離走体験コーナー。もうみんな思いっきり走りたくて落ち着きません。
大空に向かってジャンプ!走高跳
走高跳体験のブースでは、実際の走高跳の競技台は子供たちには高すぎるので、スタッフがゴム紐の両端を持ち、走高跳台がわりに。子供たちはピンと張られたゴム紐をジャンプ!
うまく飛べない子もいますが、何度でも挑戦することができます。うまく飛ぶことが目的ではありません。ここには「成功」や「失敗」なんて存在しません。
自信のない子供たちは高さを下げて挑戦。最初は飛ぶことを嫌がっていた子も、一度飛び越えられると嬉しそうな表情を見せ、次第に積極的に挑戦するようになりました。
碧く柔らかい芝の感触と、爽やかな青空に向かってジャンプする気持ち良さ、そしてほおに当たる風を楽しむこと、それが目的なのです。
大人もジャンプ!誰でも運動できる喜びを感じること、それがこの体験会の趣旨です。
義足で走るということ。義足体験
「はい、ゆっくり一歩ずつ交互に足を出してください」
義足体験ブースでは、臼井さんが声をかけながら、義足での歩行をレクチャーしていました。
競技用の義足について説明する臼井さん。反発力を利用して走る短距離用の義足は、健常者よりも速く走ることができます。
体験用義足の種類は様々。膝を折り曲げて装着する膝下欠損体験用の義足や、両足が宙に浮いたような形で履くタイプの両下肢欠損体験用の義足など、いろいろな種類があります。
不安定な義足での歩行に、参加者はおっかなびっくり。普段、地に足をつけて歩くことがいかに有難いことなのか、改めて感じていたようでした。
どこまで飛べるかな?走幅跳体験
走幅跳のレーンでは、山本選手と手塚選手による走幅跳のレクチャーが始まっていました。競技用義足について説明する山本選手。
走幅跳は、踏み切り板と呼ばれる板にタイミングよく踏み込み、勢いよく跳躍することで飛距離を伸ばします。そのためには助走時の姿勢や踏み込む歩幅の調整が大切なのです。
山本選手は子供たちと一緒に走りながら、踏み切り板までの歩幅やタイミングを教えます。「はい、はい、そう!」「おー!姿勢、いいねー!」山本選手が優しく声をかけます。
さあ、走るコツが掴めてきたら、実際にジャンプしてみよう。山本選手の記録を超えられるかな?
子供たちは山本選手・手塚選手のレクチャーを参考に、まるで巣立ちを迎えたヒナのように、生き生きと踏み切り台を踏み越えて行きます。
全力で駆け抜け、そして全身を使って飛ぶことの気持ち良さに、すっかり夢中になる子供たちの姿がそこにはありました。
中には、何度挑戦してもジャンプせずそのまま走り抜ける子も。でも、それでいいのです。走り抜けて砂を蹴りあげる感触を楽しんだっていい。何を感じるのも、何を目標にするのも、子供たちの自由なのです。
体験会場の横では、無料・足のお悩み相談室が開局。来場者の相談を受け付けていました。
そして室内サブトラックには学生団体おりがみによる、ボッチャ体験のブースが。こちらも子供たちには大好評だったようです。
展示ブースには、SRCの歩みを紹介する新聞記事などが展示。傍には、かけがえのない仲間の笑顔の写真も飾られていました。
飛ぶこと、駆けることが楽しい
子供の運動能力の低下や体育嫌いが叫ばれる昨今。その根本的な原因は、成績至上主義教育の中で「楽しさ、気持ち良さ」に気づかないこと。楽しみ方も身につかないうちから、速いタイムや良い順位を要求されれば、誰でも苦手意識が芽生えますよね。
「競技を楽しめれば、その延長に記録や順位が付いてくると思っているので、子供たちにはあまり厳しく指導しません。慣れてきた子にはだんだん厳しくしますけどね」
と、SRCの指導方針を語る塩家代表。
「障害のある子供、ない子供とを一緒に指導することについては、障害の度合いによって個別に配慮はしますが、大きくは変えません。だって楽しむことに障害は関係ないでしょう?」
「体験会に参加して楽しい?」と子供達に聞くと、額や首筋の光の粒をキラキラさせながら、「楽しい!」「気持ちいい!」と満面の笑みを見せてくれました。
誰もが気軽にスポーツに触れ合える環境づくりを目指す
「障害者も健常者もみんなが同じように自由に使える、SRCプロデュースのスポーツ施設を作りたいんです」
と語気を強める塩家代表は、障害者アスリートの置かれた現状を憂慮しています。国内の体育館やスポーツジムなどは、障害者の受け入れに消極的。「安全が保障されない」という理由で、障害者を締め出す施設が数多くあります。
SRCでも、以前利用していた施設で「介助者は声がけのみで、機材には触らないように」と注意され、施設を使わせてもらえなかったことがあったそうです。介助者と指導者の違いも理解せず、判を押すかのように障害者を締め出す施設側の無知に、虚しさを感じたと言います。
「施設に行っても障害者アスリートへの知識がない指導員が多い。なので、SRCのスタッフ全員に障害者スポーツ指導員の資格を取ってもらっています」
2020年東京パラリンピックが終わると、パラスポーツの関心は一気に下がると言われます。競技者が安心して練習に打ち込める環境作りは、むしろ東京パランピック終了後が正念場。危機感を強める塩家代表の想いの強さを感じました。
活気に溢れた「アスリート交流会in千葉」もあっという間に終わりの時間です。身体を動かすことの楽しさを改めて感じた子供たち。イベント終了後の集合写真には、太陽のように輝く笑顔があふれていました。
SRCの元で才能を磨く練習生たちが、世界を舞台に活躍しています。今週末、7月6日(金)〜8日(日)にかけて、群馬県前橋市にある「正田醤油スタジアム」において「ジャパンパラ陸上2018」が開催されます。そこで、鮮やかな若草色のジャージに身を包んだSRC練習生が世界に挑みます。
2020年東京大会、そしてその先へと、SRCの活動はこれからも続いていきます。塩家代表、取材の機会を賜り、ありがとうございました。
(了)
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